理想と現実のギャップ—対人業務に割く「時間」はどこへ?
国は調剤報酬を通じ、薬局に対物業務から対人業務(かかりつけ指導、服薬フォローアップ)への転換
これを強く促しています。
これは、薬の専門家として患者の健康を支える理想の姿です。
しかし、多くの現場薬剤師から「対人業務に割く時間がない」という疑問が解消されません。
このギャップの根源には、「簡素化されない調剤業務」という構造的なボトルネックと、
政策の不均衡があります。
本記事では、この「時間がない」構造を、業務と政策のジレンマという視点から見ていきます。
✔ 時間がない原因: 薬剤師が対人業務に専念できない、非効率な業務プロセスの正体
✔ 疑義照会の問題点: 医療安全上重要でありながら、形式的な確認に時間を浪費してしまう構造
✔ 理想とのギャップ: 国が求める「かかりつけ」の理想と、簡素化が進まない調剤業務の現状
✔ 働き方の壁: 業務効率化の遅れが、働き方改革の実現をいかに難しくしているか
第一のボトルネック:簡素化が停滞する調剤の「対物業務」
国が求める対人業務への転換の前提は、対物業務の効率化です。
しかし、この簡素化が多くの現場で立ち止まっています。
- DX普及の遅れと格差:
調剤ロボットや監査システムといったDX(デジタルトランスフォーメーション)の導入は進んでいるものの、すべての薬局で均等に浸透しているわけではありません。
依然として調剤業務は人の手に頼る薬局が多い。
また、水剤の調剤ロボットはかなり時間がかかるので、導入しても利用していないという薬局をいくつか見たことがあります。
「働き方改革」と「かかりつけ要件」の二重の衝突:
- 一般企業との衝突(時間の制約):
対物業務の簡素化が進まないことで、薬剤師は長時間、作業に拘束されます。
これは、一般企業が目指す「長時間労働の是正」という働き方改革の原則と根本的に衝突しています。 - かかりつけ要件との衝突(時間の絶対量):
さらに、かかりつけ薬剤師指導料の算定には、「週32時間以上の勤務」や「24時間対応」の体制整備が求められます。
労働生産性の向上(少ない時間で高い成果を出すこと)とは真逆の、「長時間働くこと」を強いられる構造となってしまっています。
第二のボトルネック:非効率な「形式的疑義照会」の負荷
疑義照会は、医療安全を守るために、薬剤師の「人による判断」が必ず必要な極めて重要な業務です。
しかし、このプロセスが少し非合理的であるため、無駄な時間の浪費を生んでいます。
- 避けられない形式主義の現実(エピソード反映):
剤型変更など、合理的な判断やプロトコルで対応可能な内容にまで、形式的な確認が求められます。
現場の経験でも、疑義照会をしても「じゃあそれで(特に問題なし)」で終わるような疑義内容も少なくなく、不必要なプロセスが常態化しています。
これが、真に時間をかけるべき薬学管理の時間を奪っています。
病院が昼休みに入ってしまったらもう最悪ですね… 患者さんへの説明も大変ですし。 - プロトコル締結の現実的な壁:
疑義照会を簡略化するプロトコル締結は有効ですが、これは特定の門前薬局と病院という限定的な関係が大半です。
地域の多数の医療機関と個別にプロトコルを作成・維持しようとすれば、膨大な時間と労力がかかり、現実的ではありません。
第三のボトルネック:国が負うべき「構造改革」の遅れ
国は「対人業務への転換」という理想を求める一方で、業務効率化の根幹に踏み込めていません。
これが、現場の不満の最大の原因です。
- 「時間創出」の責任回避:
薬局に高度な専門性を求める以上、その時間を生み出すための業務プロセスの統一的な合理化を国が主導する必要があります。
しかし、現状は疑義照会ルールの簡素化やプロトコル締結の推進といった構造的な課題解決が遅れています。 - 薬剤師への一方的な要求:
非効率な業務プロセスが残る中で、質の高いサービス提供だけを一方的に厳しく求められる状況が、
現場薬剤師の疲弊と不満を生み出しています。
まとめ:簡素化されない業務が理想を遠ざける
薬局の現場で「時間がない」という疑問が解消されないのは、対物業務と疑義照会という必須業務の簡素化が立ち止まっているからです。
この業務効率化の遅れは、理想的なかかりつけ制度の実現を妨げ、ひいては薬剤師の働き方改革をも困難にしています。
この構造的な課題の存在が、次なる【第二部】で扱う「大手薬局の異動慣行」や「24時間対応」といった、
よりマクロな問題の土台となっているのです。


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